これは、デンマークの偉大な建築家、ヴェルヘルム・ラウリッツェンの言葉です。
ヴェルヘルム・ラウリッツェンは、私の大好きなルイスポールセンのラジオハウスVL45 のデザイナーです。何とも言えない少し縦長のシェードを持つライトは、デンマークのラジオ局の為に1940年代にデザインされたものです。他に、デンマークの空港、デパート、劇場などの公共施設をたくさん設計した建築家です。彼は、建築は一部の人だけの特権ではなく、すべての人のための応用美術であるべきだと信じていました。
脳科学者の中野信子さんも、アートを感じて幸せに生きるという概念は、ヒト族の中のホモサピエンスにしかなかった能力だと言い、だからホモサピエンスだけが生き残ったのだとも言っています。
その証明のひとつとして、他のヒト族ネアンデルタール人とかフローレス原人などの遺跡からは見つからなかった、食べられない貝の貝殻が、ホモサピエンスの遺跡からは見つかったそうです。
おそらく、綺麗だからとっておこうとか、綺麗だから人にあげようとか、そういう概念があったのではないかと言われています。
食べられないけど、人に花をあげるのも、その要素に似ていて、美しいものを美しいと感じてそれが明日の活力になる事は、人間の誰もがもつ能力のひとつだと言われています。
アートとか美的感覚というと、特別な人が楽しむものだと思われるかもしれませんが
わかりやすい例で言うと、男の人は美人が好きだったり、スタイルの良い人が現れるとハッとしたりするのも、同じ感覚なんだそうです。
私は昔から、きれいなファブリックを見たり、素敵なデザインの椅子や時計を見ると
いわゆるウットリした気持ちになり、日常の業務をふと忘れてしまうくらいその事に没頭する瞬間が何回もありました。
美術館へ行くのが好きな理由もそういう事で、静かな時間の中で美しくバランスの取れたものを見ていると脳がクリーニングされて没頭していく感覚を何度も体験しました。
私が長年インテリア関係の仕事に就いている理由も、そこで見る美しくバランスの取れた形や色から、自分自身の脳が浄化されるのが溜まらなく快感だからです。
でも、ずっと長い間、この現象を感じる度に、みんなもそう思っているのか、なんて聞けばいいのかわからない、極々、個人的な内なる感覚なんだと思っていました。
でも、私の潜在意識の中でその事を伝える言葉を求めていたのか、今の風の時代の中で、それを言語化する人が出てきたり、または、前からそういう事を言ってる人はいたけれど私のアンテナが伸びてなかっただけなのか、ここへ来て、私も私の経験と共にアートと脳の関係値を伝えたいと顕在意識の中で叫ぶようになってきました。
さて、それでは、どこからお伝えすれば良いのか、まずは私がよく知っているフィンランドのブランド「マリメッコ」の壁紙についてお話します。
私がマリメッコの壁紙と出会ったのは、インテリアショップの雑貨の仕入をしていた時に
ギャラックス貿易の大石さんが、マリメッコの壁紙を提案してくれた時です。
大石さんは元々、アパレルの会社から、インテリア用品の輸入会社に転職されたいう経歴の持ち主で、彼女自信も布で何か作ったりするのが好きと言っていました。
そこで、フィンランドから、マリメッコのファブリックの輸入が始まったわけですが、何か販売の切り口を広げたいと、エプロンやバッグの型紙を付けて販売するという方法を提案されていました。
私もそれに賛同しましたが、ファブリック業界やパターン業界には、様々な縛りがあり、気軽に始められる企画ではありませんでした。
ファブリックと同時に輸入されていたのが壁紙でした。
うちはグループ会社に施工会社があるので、そちらで壁紙を使うという想定しか最初は思いつかなかったのですが、マリメッコの素敵な柄の壁紙をほんのちょっとだけ切り取ってブックカバーにしてみたいと思ってしまって、生地みたいに壁紙も切り売りをしたらいいんじゃないか、私の様に、壁紙をほんの少しだけ使ってみたいと思っている人はいるんじゃないか、
いなくても、私は私の為に切り売りを始めました。
それが、切り売りを始めた当初は他の店舗さんはどこも壁紙の切り売りをしていなかったので、
壁紙の切り売りが売れない日はないくらい、よく売れました。
いわゆるブルーオーシャンってやつです。
それから何年かして、大手の壁紙屋さんが、続々とマリメッコやブランドものの壁紙の切り売りを始めたので、うちの壁紙の切り売りの売上は以前ほどではなくなりました。
その頃私は、壁紙を使ってブックカバーだけではなく、箱に貼ったりするワークショップを開催したりして楽しんでいましたが、コロナや色々な事情でそれも終わってしまいました。
参加される方の声はダイレクトに聞こえてくるので、聞いていると、どの方も、手を動かして何かを作る時間は楽しかったし、リフレッシュできました、とおっしゃっています。
マリメッコの壁紙の箱作りは、アート活動なので、人間としての脳の活性にも役立つワークなのだと思います。
手作りがあまり得意でない人たちも素敵なデザインのマグカップでコーヒーを飲むだけでも
アートを感じて日常を生きている事になります。
ヒトは食事をする時に、きれいなお皿に料理を盛り付けて食事をしたり、そこに花を飾ったり、それを映し出す照明にこだわったり、そんな事をするのは地球上でヒトだけです。ヒトとして生きていく上で大事な要素なのだという証明になります。ヒトは知らないうちにアートを求めて、感じて生きています。
だから、食べられれば袋でいいとか、そういう事ではなく、お皿があり、カトラリーがあり、カップがあるのです。それも、美しいと感じるものであれば、なおさらその食べ物は栄養価を増しているのではないでしょうか。
私は、その事がヒトにとって、こんなに重要な事だとは今まで無意識の中にはいたかもしれませんが、顕在化していませんでした。
これからは、もっと意識的に美的感覚の意味を考えながら、言語化しながら、生きていきたいと思います。