世界的な野球選手、ベーブ・ルースとも縁があったケロリン。ベーブ・ルースが来日して行われた日米親善試合では、野球場にケロリンの大垂れ幕が掛けられました。ほかにもボクシングの試合会場でも宣伝活動を行うなど、スポーツと薬の意外な結びつきが生まれました。
戦時中、多くの企業が合同を余儀なくされ、重要医薬品に認可されたケロリンも合同会社で製造されました。戦後は、勝手にケロリンの商標を使用して製造販売する事例が続出しましたが、関係者の努力によって「ケロリン」の商標は守られました。戦後の復興とともに、ケロリンも大きく飛躍していきます。
戦後、日本人のライフスタイルの変化に伴い、薬も消費者が薬局で選ぶ時代に変わってきました。ケロリンはこれまでの配置薬だけでなく、薬局・薬店で直接販売する「OTC(一般用医薬品)」にも進出し、全国の店舗に広がっていきます。そして、昭和38年にはケロリンの宣伝を目的に「ケロリン桶」が誕生。鮮やかな黄色の桶は、銭湯文化とともに人々の記憶に刻まれ、今やケロリン桶は昭和レトロの象徴となりました。