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絹の着物にポリエステルの胴裏その1

公開日:2025/03/29 更新日:2025/03/29
今週のお題は「絹の着物にポリエステルの胴裏」です。このメルマガを読んでいるような着物マニアな方々は、着物のお仕立てでは素材を合わせるのが基本ということはもうご存知ですよね。表地が絹の場合は胴裏も絹、表地がポリエステルの場合は裏地もポリエステル、一応これが基本になっています。表地が絹、裏地がポリエステルにしてしまうと両者違う素材が擦れ合って静電気が発生しやすくなり、着心地が悪くなると言われております。 ここで少しググって理科の勉強をしてみました。 静電気の一番の原因は乾燥でして、湿度が高いと帯電した電気は空気中に逃げて衣類に留まることはないので、湿気の多い夏には静電気はあまり発生いたしません。しかし冬場で空気が乾燥すると電気が空気中逃げていけないためどんどん物質にたまり、静電気が発生しやすい状態になってしまいます。 静電気はプラスのものとマイナスのものが擦れ合った時に発生しプラスとマイナスの差が大きければ大きいほど発生しやすくなります。絹はウールやアクリルなどと比べて帯電しにくい素材ではありますが、全くゼロというわけではありません。絹はプラス、ポリエステルはマイナスなので、この差によって静電気は発生しやすくなってしまいます(参考・シルクふぁみりぃオンラインサイト)。 いうまでもないことですが、ポリエステルの裏地に絹の胴裏をつける…なんて人はいないと思いますが、これは静電気以前にポリエステルの「家庭で洗える」という一番のアドバンテージが、裏地に絹がついたことで洗えなくなってしまうため静電気云々以前の問題ですね。 というわけで、素材の違うものを裏地に使うのは本来のセオリーからすると避けるべきなのですが、たまにリサイクル着物の中で絹の着物にポリエステルの胴裏を使っているものがあります。一番多いのは黒留袖と黒紋付(いわゆる喪服)、そして振袖です。訪問着や小紋ではあまり見ません。これはどうしてでしょうか。静電気大好きで静電気の発生を好む人?いやいや、そんな人いませんって。
黒留袖や黒紋付の裏地にポリエステルがよく使われる理由と振袖に使われる理由は全く違いますので両者を分けて解説いたします。 黒留袖や黒紋付は昔はお嫁入り道具の一番最初に用意されるものでした。現在40代以下の方にはあまり馴染みがないかもしれませんが、地方にも寄ると思いますが昔は「お嫁入り道具」なんてものがありまして、女の子が年頃になると少しずつお嫁入りの時に持っていく着物を用意したものです。日曜日と大安が重なった日に高速道路で遠出をすると必ず紅白の飾り付けをしたお嫁入り道具を運ぶトラックがすれ違うのが当たり前の風景で、そのトラックは狭い道で対向車と鉢合わせになってもバックすると出戻りを連想させて縁起が悪いということで決して後ろに下がらず、あらかじめ用意していたご祝儀を対向車に渡して後ろに下がってもらうのが通例でした。 現代の感覚では「なんでそんなに着物を持っていくの?」と思われるかもしれませんが、町内の結びつきが強く、小さい頃から知っている5軒向こうの熊五郎がお嫁さんをもらうとなったら一大事。熊五郎のところにどんなお嫁さんが来るのか、どんな人がこの町内の仲間になるのか興味津々で、どんな家柄の人なのかはお嫁入り道具を見れば一目瞭然なので新居に家財道具を運び込む時には近所の人が集まってタンスの引き出しを一つ一つ開けて着物のお披露目をするのが一般的でした。中にはパンツまで広げて見られたというほぼ罰ゲームのような話も聞いております。当時は「なんだ、これだけしかお道具持ってこないのか」なんて思われて娘に恥をかかせられないとばかり、親御さんは必死の思いで立派な家具や着物を用意して送り出したもので「女の子が3人いると(お道具の用意で)家が傾く」なんて言われたものです。 今となっては考えられない風習で詳しく解説したい所ですが、この辺は今回のお題から脱線するのでまた次の機会に…。 上記のように女の子が年頃になると少しずつ着物を用意していくのが一般的だったため、19歳ごろに振袖を購入してもらった次にお勧めするアイテムが黒紋付なのです。振袖の支払いが終わった頃に「そろそろお嫁入りのお道具を用意するころですね」とばかりに黒紋付をお勧めするのが一般的で、だからこそ呉服業界は後の購入につながる振袖販売に力を入れていたのです。
お嫁入りの時には「何は無くとも黒紋付」などという方もいて、経済的に多くの着物を持っていくのは難しいというご家庭でも黒紋付だけは持っていかなくてはならない、と言われておりましたため、振袖の次にお勧めするアイテムの定番でしたし、娘さんのいるご家庭ではそうやって少しずつ揃えていくのが当然だったのです。 ただ、黒紋付なんて滅多に着ることのない着物です。本当に嫌な言葉ですが昔は女の子は25歳を超えると「売れ残りのクリスマスケーキ」なんて揶揄された時代ですし、その年代の祖父、祖母にあたる方はまだまだ若い60代ぐらいでしょう。ですのでお嫁入りに持っていった黒紋付は10年、20年と全く着られることのないままタンスの中にずっと保管されることが多かったのです。 初めて着るのが10年、20年後になるとどうなるかお分かりでしょうか。昔は胴裏の精製技術や糊を落とす技術も高くなかったし、粗悪品の増量剤(注)を使ったような胴裏だと完全に茶色く変色してしまうんです。現代の着物は比較的変色は抑えられており、リサイクル品でも自然な生成り色程度にとどまっていることが多いのですが、当時は完全に茶色くなったりまだらに汚くなっていたり、ということが当たり前でした。決して安くはない黒紋付を親御さんが用意してくださったのに、いざ必要になって着る時に茶色く汚くなっているとちょっと残念ですよね。特に黒紋付は白と黒のコントラストが大事なので余計に黄ばんだのが目立ってしまいます。そこでポリエステルの胴裏の登場です。 注:胴裏の良し悪しは重さで判断されたため、一部の悪質な業者は生地に混ぜると重くなる「増量剤」というものを使って不当に生地を重くしていたとか。でもこれを使うと完全に茶色く変色したりまだらになったりします。
ポリエステルは非常に安定した物質で変色することはなく10年経っても20年経ってもいつまでも真っ白のままですので、長い年月タンスにしまっていても綺麗な状態で着ることができるのです。表地はちりめん地(昔は関東は羽二重生地?)ですので空気中の湿気を吸って多少縮みが出る一方、ポリエステルは全く縮まないので長年の間に袋になる、そして静電気が起こりやすいなどの懸念はありましたが変色してしまうリスクを考えるとまだマシと考えたのでしょう。 黒留袖も同様で、私が勤務していた新品屋では振袖の次にお勧めするというよりも結婚が決まった後に訪問着や色無地を作るのと同じように黒留袖もお勧めしておりました(注)。しかしながら結婚相手に年頃のごきょうだいやいとこがいた場合、そのごきょうだい、いとこの結婚式に着ることはありますが、それが一旦終わると次はご自身の子供の結婚式まで着ないことが多く、やはり黒紋付と同じように長い間タンスの中に眠ることになるため、同じ理由でポリエステルが使われました。 注:別に不必要なものをお勧めしていたわけでもなく、お嫁入りにはそういう一式をあつらえて持っていくというのが一般常識だったんですよ。タンスの中に着物入れておかなくてはならないけれどそこまでの予算がない、という方はカサ増しのためにお母様の着物を仕立て直して入れていくことも多かったのです。今から考えてみたら凄い時代ですが、こういう需要に呉服業界が支えられてたのも事実。実際に着るんじゃなくて中身のないバブルみたいな需要だったんですからそういった風習の消滅や生活様式の変化で急速に衰退するのも当然ですね。
東レシルックなど絹と変わらないような風合いの上質なポリエステルが出てきてからは着心地も良くなり、黒紋付や黒留袖の裏地にはポリエステルを使う店が非常に多くなり、おそらく現代でもポリエステルが使われることは比較的多いと思いますが、そろそろ絹の精製技術等は高くなっており、また白さを保つホワイトガードなどの新しい技術も開発されて随分経っているのでもうポリエステルを使う理由はないと思うのですが、現代ではどうなってるんでしょうね。今、交流がある店は全てリサイクル店になっているので現在の主流がどうなっているかはデータがなく、お伝えすることができません。 長くなってしまったので来週に続きます。来週は振袖編。 この文章は毎週水曜日配信の当店のメルマガからの転載です。配信ご希望の方は商品購入時にメルマガ配信のチェックを外さないようにお願いいたします。