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フォーマルな場所に紬の着物

公開日:2024/11/08 更新日:2024/11/08
■フォーマルな場所に紬の着物 本日のお題は「フォーマルな場所に紬の着物」です。こんなマニアックなメルマガをお読みの筋金入りの着物ファンの皆さんは、紬の着物といえばあくまでも遊び着であって結婚式などフォーマルな場には着ていくことはできないというのはもちろんご存知だと思います。これはもともと紬の成り立ちによるもので、いい糸を使った着物は貴族などが使い、庶民はあまりいい糸が取れないクズ繭しか使えず、それらを用いてなんとか着物を作ったのが始まりだから、なんてまことしやかに言われています。 …という風に教わってきたんですが、私は実はこの説にはなんとなく懐疑的なんですよね。だいたい大昔の貴族がいたような時代に庶民が絹の着物を着ることなんてあったのか、そのあたりからかなり疑問に思っておりまして…。私はそんな何百年も前の民俗学なんて勉強したことがないので当時の庶民がどういった服装をしていたのか、素材はなんだったのか学問的にはよくわかっていないのですが、当時の庶民が絹なんて着るのかなぁ、とぼんやり疑問に思っております。このあたりはまたそのうちちゃんと調べてメルマガに書くので気長に待っていてください。 で、今週のお題「フォーマルな場所に紬の着物」です。 これ、どう思います?もちろん教科書的に答えますと紬の着物はあくまでもカジュアル用なので遊び着。いわばTシャツにジーンズと同じような格になってしまうのでフォーマルな場所にはふさわしくないというべきでしょう。私もお客様に聞かれたら「これはあくまでも遊び着ですのでやめた方がいいですよ」といいます。 ただですね、フォーマルといってもいろんな場所がありますよね。例えばごく普通の庶民が出席する可能性のある一番フォーマルな場所といえば結婚式、そして結婚披露宴だと思います。それよりも若干フォーマル度が下がる(?)七五三なんてのもありますね。七五三はあくまでも子供が主役なので親御さんは少し控えた感じの家紋入りの色無地や付下がふさわしいという方も一定数おられます。 入卒業式などはどうでしょう。これもあくまでも子供が主役ですが、式典ですのでその場の雰囲気を壊さない服装が大事ですね。ただ、最近はかなりラフな格好で来られる方も多くなっているようで昔と比べてそれほど厳格な服装は求められていないように思います。
一方、先ほど「紬の着物はあくまでもカジュアル用で遊び着であり、いわばTシャツにジーンズと同じような格」と書きましたが現実的にはどうでしょうか。以前Threadsで「紬や小紋はTシャツにジーンズとかいうけれど、私の中ではTシャツにジーンズに相当するものは浴衣だよ」というのを見ましたが、なるほどその通りだと思いました。昔に比べて今の浴衣は色柄が豊富になり、飾りのついた帯〆や帯留などアクセサリのようなものも多く販売されており、一般的に「着物」と言われる小紋や紬などよりもずっとおしゃれな演出ができます。そして浴衣がTシャツにジーンズに相当するのであれば、それよりもう少し格上の紬や小紋はオフィスカジュアルという感じでしょうか。 洋服が主流となっているこの現代では着物を着ること自体色々と手間がかかりますし、カジュアル用の着物といっても決して手を抜いた服装ではありません。むしろ洋服のオフィスカジュアルよりもずっと手間がかかりますよね。現代の感覚としては、あくまでも私の感覚で申し上げますとスーツ程度の格はあると思うんですよ。もちろん訪問着のようなきらびやかな華やかさはありませんが、決してTシャツにジーンズと同格というほどラフな格好ではないと思うんですよね。 もう結論から言ってしまいますが、あくまでも私の個人的な感覚ではありますが入卒業式はもう紬の着物でもOKな時代になってきているのでは、と思うんですよ。オフィスカジュアルやスーツ程度の格があると考えるならば、入卒業式に着ていっても許されるのではないか、と思うんですよね。着物を着ることが少なくなったこの現代、着物を着ること自体がフォーマルと言う考え方もありますので、昔の「紬はTシャツにジーンズに相当する」と言う感覚も少しずつ変化してきていると思います。だって、たまに着物を着て出かけようとすると近所のおばちゃんが「あら、どこかへお出かけ?」なんていうじゃないですか。お出かけ着なんですよ笑。
浴衣も昔は湯浴み着から始まり、昭和の時代ぐらいまではお風呂上がりに着るバスローブのような役割のものでした。私がこの呉服業界に入った30年以上前はまだ白地に紺のごくあっさりとした浴衣が多く販売されており、浴衣を着て電車に乗って遠出するなんてとんでもないと言う時代だったのですが、最近は多くの方が浴衣で電車に乗って花火大会などに参加されていると思います。同じように紬の着物も完全な遊び着から格が上がって少しフォーマルな服装と認識が変わっても不思議ではありません。洋服、和服を問わず服飾文化は自然と格が上がっていくのが通例でして、浴衣も紬の着物も少しずつ格が上がっているのではないか、と思うんですよ(注)。 注:下着だったものが次第に生地がしっかりしたものになり、色柄が豊富になり表に出てくると言うのは歴史上で繰り返されています。Tシャツだって100年ほど前に肌着として初めて作られ、その後労働者階級の服装として認識されていましたが、それから100年経って現代では夏の定番のシャツとしてごく当たり前に着用されていますね。 ただし、これはあくまでも私個人の考え方であって、他の方には推奨致しませんし、お客様から聞かれると「紬の着物はカジュアルで遊び着になるから入卒業式はやめた方がいいですね」と答えます。カジュアルとフォーマルの境目が曖昧になっている現代ではありますが、まだ紬の着物を入卒業式に着るのは少し進歩的な考え方といった方がいいと思います。これから先、もっと「着物を着ること自体がフォーマル」と言う考え方は浸透していくだろうな、と思いますが現在は過渡期であっていろんな考えの方がおられるでしょう。 教科書に載っていたり、着付け教室で教えてもらった「紬の着物はカジュアルなので、遊び着として着ましょう」というドレスコードを頑なに守る方もおられるでしょう。私は一応呉服業界の人間で、他の方よりもほーんの少し着物と接する時間は長いので、ある程度知識もありそれなりに自信もありますので、出かけた先で何を言われても別に気にしませんが、自分に自信がない状態で紬の着物を入卒業式に着て行って誰かに咎められたりするとせっかくの式典がすごくいづらいものになってしまうのではないでしょうか。
着物もファッションなので時代とともにある程度アップデートしていくべきなのですが、残念ながら世の中が着物の生活から乖離してしまい、普段の生活ではそういった感覚がアップデートされなくなってしまいました。しかし着物の世界から遠ざかって全く着ていない、全く新しい情報を得られていないのに20年、30年前の感覚で指摘される方は残念ながら少なくないので、もし他人に指摘されて凹む可能性があるなら、それは教科書から一歩踏み出すにはまだ早いと考えて、できるだけ無難に、できるだけ安全マージンを多くとって誰にも指摘されないような服装にする方がいいのでは、と思うんですよ。 同棲が多くなり、結納式や結婚式をしないカップルが多くなり、七五三は子供写真館で写真を撮る日になり、現代は節目の行事が少しずつ略礼になり、今までフォーマルだったものが次第にカジュアル化しています。一方で着物を着ること自体、日常から離れて少々手間のかかることになってしまいました。これからも様々な節目はこれからも略礼化は進んでいくでしょうし、着物という衣服の格はこれからも上がり続けていくのではないかと思います。 そのうち結婚式や披露宴も紬でいいんじゃないか、というような感覚になる時代になる可能性もなくはないと思いますがいかがでしょうか。それはそれでなんとなく寂しくはありますが、いつもこのメルマガで書いております通り、こういったドレスコードは呉服業界や何かの団体が決めるわけではなく、なんとなく世の中の流れというか雰囲気というか、そういったもので自然に決まっていくものであり、この流れは止められないのではないか、と思います。 私が呉服業界に入ってからのたかが30年間でも着物の着方やドレスコードが変わっております。これから先もどんどん変わり続けると思いますが、どう変わっても柔軟に受け入れながら着物に関わっていきたいな、と思っています。 この文章は毎週水曜日配信の当店のメルマガからの転載です。配信ご希望の方は商品購入時にメルマガ配信のチェックを外さないようにお願いいたします。